不確かなものが大嫌いだった。もとい、大嫌いになった。

 気が付けば自分は不本意のうち移植された異物に侵食しつくされ、簡単な傷なら数分と持たずに、綺麗さっぱり消えてしまった。痛みはあった。しかし、痛みは紛れもなく確かなものだった。

 目で見ることはなんだか信用が出来ないと思うときがあった。無論、耳で聞くことも同じだった。視神経を、または聴神経から脳へ。その過程に、またはその先での過程に手を加えることが出来るということも、知った。だから、それらは完全に確かではなかった。

 たまに一人になると怖かった。泣くこともあった。でも、自分は一体なにが怖いのか分からなかった。もしかすればその右手の異物の意思かもしれないと都合よく考えることもあった。しかし、恐怖もまた、確かなものだった。涙は、確かに自分の目から流れ出た。


 神様はいないのよ、と、彼女は言った。
 きっと、どこかに居る、と、答えた。


 嘘だった。どこにも居なかった。そうでなければ、神様はとても正気ではないと思った。大嫌いだった。神様も天使も、何もかも。証明できないものは、みんなみんな、何もかも大嫌いだった。もとい、大嫌いになった。
 エグリゴリから幼馴染を奪還した今も、どうしても許せなかった。




「……お前、今関係ないこと考えてただろ」



 唇が離れ、色素の薄い瞳が遠ざかると同時、相手はそんなことを言った。
廊下は寒かった。開け放した窓から冬の風が舞い込んでいた。外に目をやると、燃えるような夕日に照らされ、壁も、花壇も、どこもオレンジ色に染まっていた。廊下の床に反射したオレンジの光が眩しかった。校内に、人気はなかった。


「そんなことないよ」
「嘘つけ」


嘘じゃない、と答えてもう一度唇を重ねようとすると、拗ねるように顔を逸らした。不機嫌そうだった。


「ばれねえとでも思ったかよ」


 ばれるも何もない、と反論すると、ますます機嫌が悪くなったようだった。ちり、と眉間にしわが寄った。掴んでいた腕を振り払われた。どこかに行ってしまおうとする。明るい色の髪が揺れた。


「何を怒ってるんだ?」
「てめえのせいだろ」
「……ごめん」
「素直にあやまってんじゃねえよ」


 体温は、確かなものだと、思う。
振り払われた手をもう一度掴むと、じり、と瞳に見つめられる。腹の上辺りで何かがぐるりと疼く。それは緊張したときのようだ。背中の力がふ、と抜ける。そのままぐい、と腕を引き寄せる。
 壁に身体をつかせ、逃げ場をなくさせる。勢いでよろめく相手の腰にすばやく手を回し、後頭部を掴むようにして引き寄せ、唇を奪う。相手は小さく呻く。腕に力を込める。
 小さく唇を離すと、ねじ伏せるようにもう一度深く口づける。舌を滑り込ませる。唾液が混ざる。もっと、もっと欲しい。確かな感触、確かな体温。
 そして、確かな感情。


「好きだ」


 目と目で会話をするような距離。近すぎて、形などほとんど分からないほどの。
それでもほんの少し離した唇で、言葉を発する。聞こえるか、聞こえないか、きわどい、それこそ囁くような声量で。好きだ、大好きだ、愛してる。どこへも、誰にもやらない。もっとほしい。もっともっともっと。本人ですら所有しきれないほど、もっとたくさん。
 隙間を埋めるように体を引き寄せ、深く口づける。まるでかき混ぜるようにする。


「…たかつき、人、来るから…」
「来ないよ」
「……お前、おかしいんじゃねえの…」
「…今頃気がついたのか?」


 荒く背中を掻き抱く。相手の腕が背に伸びてくる。制服をつかまれる。背中に、その拳を中心にひだが出来る。頬をやわく食む。たまに聞こえる小さな呻きに似た声がかわいい。愛しい。たまらない。息が上がる。分からなくなる。でも、まだ足りない。
 少しくらいよそ事を考えたからってなんだ。四六時中頭がいっぱいなのに。お前で、頭が、いっぱいなのに。

 そこに得られる、確かなものに、夢中なのに。















●怖がりな高槻さん。
2006/11/02  

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