「なんか久しぶりだな」


 たまたま駅で会って昼食を共にした帰りのその藍空市の真ん中は、恋人同士や散歩をする老人や休日を家族で過ごす親子連れで溢れていた。そしてその中心には、あの大きな出来事を境にこの世に絶えず芽吹き咲かせ続けるアリスの薔薇、ブルーウィッシュ。
 暖かい日だった。絵に描いたような真っ白の雲が空に浮かび、ほのかに風が吹き、絵に描いたような青色が見下ろす天気の良い日だった。


「俺はたまに来るんだけど」

「そうなのか?」


ぐっと背伸びをして、寂しいやつだな、と笑う彼の顔はいつもいつまでも出会った頃から変わらず、無邪気だ。
大学の講座をふけてぶらぶらしに来るときもある。と、言うと、いけねえんだ、とまた笑う。暖かい日だ。
 穏やかな日がずっと続く。一瞬そんな日々を退屈に感じると必ずここに来る。そうするとそんなことが信じられなくてそれでも追い求めて、必死に生きた現実離れしたときのことを思い出す。そうすればそれらの日々がとても尊くそばに居る人を皆愛しく感じそして優しくしたくなるからだ。

 ふと、彼がじっと薔薇花壇のほうを見やっているのに気がつく。
どうしたのだろうと視線の方向へ目をやると花壇の淵に座った小さな女の子が薔薇をじっと見つめている。手を伸ばしてみては、葉を掻き分け茎を触り、引っ込める。それでもまた手を伸ばす。
 振り返るとそこにはもう彼の姿はなく。どこへ行ったのだろうと再度花壇に目をやると、彼は少女の隣に座り葉を掻き分け茎を掴み、そっと手首を捻って一輪薔薇を摘み茎についていた棘まですべて取り去り、少女に手渡した。
 ああ、薔薇が欲しかったのかと笑う。少女は顔全体で笑ってどこかへ行ってしまった。自分はしゃがんだままの彼の隣へと歩いた。
 彼は自分を見上げて嬉しそうに、お兄ちゃんありがとーだってさ、と笑った。ずっと笑ってばかりだと思った。きっとここが与える効果は自分だけに適応されるものではないのだろう。彼は微笑んだまま薔薇の群れを見つめていた。まるで親が子を見るような眼差しだった。優しさ、そのものだった。
 彼は変わったと思う。この青い薔薇が藍空の街に咲き誇ってからの間に。彼はまた少し大人になって、優しくなって、強くなった。
 そうしてつられて笑った。何もかもが満たされている。空は晴れ渡っていて、すこし暑いくらいに暖かくて、愛しい人が隣で笑う。素晴らしい条件の下で今自分は日曜を過ごす。
 手を伸ばして、葉を掻き分け、真っ青に咲き誇る薔薇の花を一輪彼がそうしたように棘まですべて取り払う。


「はい、これ隼人にあげる」

「なんだよ、いらねえよ別に」


 それでも手にとって笑う。気が付くとさっきまで花壇を囲むようにしてそれぞれ居た人たちが皆消えてしまったかのように居なくなってしまっていた。小学生くらいの少年がサッカーボールを抱えて走っているのが林の向こうに見えた。遠くではしゃぐ子供の声が聞こえる。全体に日の光が注いでいる。


「隼人、」


すこし正気じゃないくらいの日だ。薔薇の香いが絶えず漂っている。来てすぐは分かったのに、暫くすると分からなくなった。そして今もう一度その香いを認識した。




「結婚しようか」




 一瞬きょと、と目を丸くしていたが、2、3目を瞬いて、火がついたように立ち上がってバカヤロウ!と叫び、花壇に背を向けて歩いていってしまう。
その耳まで赤くした彼の背中を声を上げて笑いながら追いかける。彼は、やはりあまり変わっていないのかもしれない。

 それは絵に描いたような真っ白の雲が空に浮かび、ほのかに風が吹き、絵に描いたような青色が見下ろす、天気の良い、日曜日だった。














●2007年03月02日
結婚しようかが書きたかったんだよなあ(笑
拍手お礼第一弾の小話でした。ありがとうございました。

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