目を丸く見開き驚いた顔を暫らく見つめ、それから自分が何をしたのかに気がついた。高槻涼の左手の中には、シャーペンを握った新宮隼人の右手があった。


「…何だよ」


 怪訝そうにこちらを見ているが、振りほどくようなことはしない。驚いたのはこちらも同じである。これはひどく無意識の間の行動だった。だから「何だ」と問われれば答えることは出来ない。手のなかでもぞ、と少し指が動いた。無意識で意味なんかなかったけれど、こちらも放すようなことはしなかった。更に手に力を込めた。
 相手は暫らく握られた手を困ったように見つめていたが、ふとした瞬間に興味を失ったかのように机に広げられた教科書に視線を戻した。ああ、流すのがうまくなったなあ、と思う。前までこんなことをしようものなら真っ赤になったり文句を言ったりしたのにな。そんなときのことを思いながら少し目を細める。同時に少なからずがっかりしてしまう。ちょっとつまらないな、と思う。

 向かい合って参考書の問題に取り組んでいた。校舎の外には雨が降り注いでいる。じめじめとしたあまり好きになれない空気に巻かれて帰るのがおっくうだったので、そのまま教室に残った。
 隼人は参考書には手を出さなかったが、背もたれを前にして座り、たまに喋ったり涼のペンケースの中を漁ったりしながらそこに居た。家に帰ると妹の友達が沢山遊びに来ることになっており、毎回毎回うるさいったらねえんだ、と、彼は言った。
 会話が途切れた瞬間、なぜだか戯れにシャーペンを握る隼人の手にひどくひかれた。
 意識するより前に手が出ていた。しっかりと包むように握っていた。表面を覆う皮膚はひんやりとしていた。しかしそのままでいると皮膚の下の温度が高いことに気がついた。そうして自分も、参考書に再び目を落とした。問題文を読んでも内容が頭に入ってこない。さっきまでの集中力はぷっつりと途切れてしまった。左手にばかり神経が集中する。
 ふ、と短く細く溜め息をつき顔を上げると、相手は一足先にこちらを見つめていた。
 目が合ったので、へら、と笑ってみせると相手はやり場をなくしたように目を逸らし、「放せよ」と言った。やはり、とても、かわいいなあ、と思う。ゆっくり手から解放すると、持っていたシャーペンをペンケースの中に返す。そうして何を思ったのか机の上の涼の右手の指々に自分の指を入れ、きゅっと手を組む。
 今度驚いたのは涼の方で思わず「何?」と問う。隼人は、自分だってしたくせにと詰まらなそうに言う。そしてじわじわと組んだ指に力が加わる。涼の指と指の間に隼人の指が深く食い込み、骨が小さく悲鳴を上げた。相手の指に挟まれて痛い、自分の指が勝手に押し返しているから、なお痛い。思わず指をのばすと相手の力は更に量を増す。かかる力で、ぐぐ、と手が震える。


「隼人、痛い」


 痛い。そんなに力入れたら、痛いよ。すると指が外れて離れていく。
 参考書に目を落としたまま袖を肘の上まで捲り上げ、参考書の上にごつ、と肘をつく。そして上目遣いににやりとし、指を動かし催促をする。ああそうか、と理解をしこちらも笑み返して肘をつき手を組む。
 ぐ、と手のひらに力を入れると次の瞬間、一瞬視界が暗くなり唇に柔らかなものが触れる。そして涼の手の甲はいとも簡単に参考書の上に落ちた。


「…不意打ちも手だぜ」
「ずるいな、これは反則だろう」

 まだ暖かい相手の感触の残る唇を、舌で舐める。

「次俺が勝ったら、もう一回ちゃんとしてくれるか」
「勝てたらな」


 強いぜ、俺は、と自信有り気な笑みを正面から受けとめ、相手の指先に口づける。ふと、以前の手に浮かぶ幾何学模様を思い出す。しかし今それを思うと正面の相手が、ただ可愛いくて仕方がなかった。













●2007年02月03日 
前に作ってたやつをファイルの整理してたら見つけてちょっと直してあげてみました。
なんていうか…いっ、いちゃいちゃしてるなあ…!(笑

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