「すんません遅刻しました!!」


 快調に毎朝通学をしていたのも束の間、春休みが空けて8日目の朝、とうとう時間通りに布団から出ることが叶わず新宮隼人は遅刻をしたのである。

 春の布団は底なしに気持ちが良い。布団の中は己の体温で暖かく、なおかつ端のほうを足で触れればひんやりと心地が良い。そんなことを休日同様に繰り返しているうちに再び眠ってしまったらしく、キャロルが「まだ寝ていたの!?」と声をあげたころ、時計は既にすべての支度を終えておかなければならない時間をさしていたのである。
 新学期早々遅刻か、と担任の教師はため息をつき、いいから早く座りなさいと着席を促した。周囲の生徒は朝の挨拶を小声で交わしたりからかったりと有り余る元気を発散させるように囃した。隼人は治し損ねた寝癖を気にしながら適当に返事を返しながら席に着いた。

 後ろを振り返ると、今朝自分の家の前まで自転車で迎えに着た高槻涼はいかにも楽しそうに苦笑いをしている。それを見、隼人は悔しそうにぷいとそっぽを向いた。我ながら幼稚な対応であると思ったが、ふわふわと温かな空気と元気を持て余している教室やクラスメイトの顔をみて純粋に自分もどこか浮かれていたところがあったので仕方がないとも思った。逆に機嫌は良いくらいだった。

   ホームルームでの担任の話を右耳から左耳に受け流しながら窓の外を見ると、校庭の満開の桜の花がいっせいに枝を震わせ春の風の中にその花びらを無数に放った。思わず見惚れてしまう。そしてそれを黙ってみていることしか出来ないことに少しばかりの歯がゆさを感じた。


「せっかく連続記録を奪取してたのに」


 高槻涼は下駄箱に向かう階段の途中で行った。今朝の遅刻のことを指していったのだ。隼人はそれを理解するとばつが悪そうに答える。
 春だから、布団が心地よくて起きられないんだよと言う。それは仕方がないけれど、明日からは上がりこんで叩き起こすというのでべっ、と舌を出す。



「うわ、何だそれ」
「なんだって…なにが」
「靴!靴!」

 涼は怪訝そうな顔をして己の靴に目を落とすと、ああこれは、と独り言のように言った。

「…貰いもんとか?」
「ちがうよ、自分で買った」
「へえ…」

 彼が足を落としたそれは真っ青なスニーカーであった。ソールと靴紐は白の、まだ新しそうなスニーカー。普段は走るだとか登るだとか蹴るだとか踏み潰すだとか、そういうことに要点を置いたような地味な色の靴を履いているのに一体どういう風の吹き回しであろうと隼人は思った。


「…そんなに変か?」
「あ、や、そういう訳じゃねんだけどさ」


 すげえ珍しいなと思って、と隼人は校庭から風に吹かれて入ってきたのであろう足元にいくつか散らばるさくらの花びらをみて笑った。こんこん、と軽くつま先を地面に打ちつけ靴を履き終える。
 下駄箱のほこりっぽいにおいを抜けると、そこにはどこからともなく漂う気だるいような春の匂い。


「そうだなあ…なんで買ったのかなあ」
「自分のことだろうがよ」


 そうなんだけどさ、と笑う。その少し眠そうな横顔が優しかったので、隼人はなぜか嬉しくなった。穏やかなのは、良いことだ。吹き付けた風が桜の木を揺らし、また沢山の花びらが散った。


「春…だからじゃないかなあ」


 涼はふんわりと笑いながら向こうの散り行く桜の花びらを見つめながら、こっくりと首を傾げた。隼人はそれを聞き、春、ねえ、と続けて呟いた。
 校門を抜けてすぐのところで、真新しいランドセルを背負った小学生が何人か上から降ってくる桜の花びらを追いかけ二人を追い抜いていった。隼人はそれを見て微笑んだ。


「ご機嫌だな」
「お前もな」
「靴、似合うぜ」
「そうか?ありがとう」


 ちがう。青が変なんじゃなくて、お前にその色が似合い過ぎて、当たり前みたいで、可笑しかっただけだ。
 くあ、とひとつあくびをする。その隣で涼もあくびを溢す。あ、移ったなと笑う。傾き始めた日が降り注ぎ、春の夕暮れは明日の穏やかさの保障もしているようだった。

















●2007年04月15日 ◇2009年6月7日 多少修正
変にノーマルくせえ出来になりました。
なちゅらるにいちゃつくが良いさ。

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