彼女が「何か分かるかもしれませんから」と言ったのかもしれないし、あるいは彼女の兄が「何か調べてこい」と言ったのかもしれない。
どちらにしても彼女はあまりにその風貌に似つかわし過ぎる真っ赤な傘をさし何の容赦も気遣いもなく雨の降り注ぐこの藍空市を歩いていた。とある人物と接触をはかるために。
接触と言ったところで彼女は相手と面と向かって挨拶を交わす必要など無かった。傍に寄るだけでも十分過ぎるほどだった。彼女は憂欝に似た気持ちを抱えたまま歩いていた。やはり自分から向かったのでは無いのかもしれない。しかしその「隠し切れぬ戸惑い」を「誤魔化すための整理」をつけたく思ったのかもしれない。彼女はレザーのブーツの爪先をたっぷりと雨水に濡らしながら歩いていた。
雨は止む気配無くいくらでも降り注いだ。彼女はふと気がついた。相手が向こうから歩いてくるのだ。彼女は反射的に傘に顔を隠しながら下を向いた。こちらに向かってくる相手は傘もささないままに歩いてくる。重い、酷く重い足取りで。
向い来る相手との距離5メートルほどの所で、彼女は更に深く傘に隠れた。何かとても卑怯なことをしているような、妙な罪悪感がつきまとった。
あと3メートル、あと2メートル、擦れ違う、その瞬間。
彼女は確かに彼の──高槻涼の湛える内面を見つけた。そして知らなければ良かったと酷く後悔した。それは彼女の気持ちを整理どころか更に掻き乱すような、複雑で、重たく、悲しいものだった。彼女は思わず振り返り、その寂しくすっかりと濡れそぼった肩を見つめた。降り掛かる雨をもろともせず、ひとつも気に掛けることなく──と言うよりもそれにすら気がついていないのかもしれない。髪も靴も洋服も心まで濡れ冷やしてしまった彼は今からそれこそ心と辛うじて存在していた現実に見切りをつけにゆくのだ。
ああ何てこと。彼は私と何一つ変わらないのに。理不尽な世界に愛想を尽かしそうになるのを必死にこらえている。唯一違うのは彼が見いだした少しの希望。しかしそれもあまりにか細く今にも消えてしまいそうなほどであるのに。ああもし、もし私のこの傘を彼に手渡すことが出来たなら。少なくとも今彼に降り注ぐ心ない雨を遮ることが出来るのに。
優しい彼女はきゅっと顔をしかめた。それは同情であったかもしれない。そうしてそのまま振り返ったまま暫らくの間動かなかった。あるいは動けなかったのかもしれない。そうして彼は佇む彼女に気がつきもしなかったまま、そのまま何の変化もなくゆっくりと、一歩一歩考えを巡らすようにして歩いていった。彼女は振り払うように振り返ったままの体を翻した。そうして更に複雑になってしまった頭とこころを抱えて兄の元に足を運んだ。レザーのブーツにぴしゃぴしゃと雨水が跳ねた。どこまでも、どこまでも冷たく白い夜だった。
●2007年06月12日
あむずアニメの「慈雨」の回のユゴと高槻さんを捏造。
どうもユゴはBONNIE PINKの曲のイメージ。
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