少女は母にも父にも似なかった柔らかい猫っ毛を揺らしながら首をかしげていた。

 大人たちは皆見たことないくらいに楽しそうで、可笑しそうで、それがとても楽しくて、不思議だったのだ。
 テーブルには何本も空になった缶ビールとか缶チューハイだとかが散乱していて、それを彼女の母の双子の姉妹が同じく笑いながら何気に回収している。何気に。
 運ばれてきたケーキはすっかりめちゃくちゃなことになっていた。どこが?表面が。
 大人たちは少女の存在をすっかり置き去りにして昔話にふけっている。少女はそれを快く思わなかったが、幼いながらこれは何を言ってもどうにもなりそうにないな、と感じていた。ので、黙っていた。黙って、父の一番の友人が買い与えてくれた絵本を、ひとり、ソファーに両足を載せたまま座り、ページを捲っていた。
 その目大人たちへと向かう眼差しは、幼いながらに、呆れを模していた。


「ごめんね、亜里須」


 立ち上がってソファーにやってきた母の双子の姉妹が、集めた缶をゴミ箱へ放り込み苦笑しながら言った。大の大人が揃いも揃ってこれじゃだめよねえ、と少女の頭を撫でる。しかし彼女も酒が入っている。他の大人たちよりは少し、量が少ないだけ。


「明日、あんたのパパとママ、きっと死にそうな顔してるから」


 おばあちゃんに連絡しとくわね、と。
 再度少女の頭を撫でながら言った。少女はだいじょうぶだよ、と返事をした。良い子ね、と彼女は眼鏡の向こうの目を細めた。優しかった。



 暫くすると絵本を見ていた少女にもケーキが配られた。白い皿の上のケーキは行儀よくイチゴを載せて直立している。とてもとても、大人たちの皿の上のケーキと元が同じものだとは思えない。


「あーあ…どうするんだこれ、ケーキの表面にロウが零れてるじゃないか…」

「んなもん、避けて食えやいいんだよ」

「隼人が無茶するからだぞ…」

「あはは、いいじゃない、きれいだったでしょ、ロウソク」


 亜里須は初めて見た。あんなに沢山のロウソクの刺さったケーキを始めて見た。暗転された室内で、ケーキは赤く光を載せていた。なんだかとても浮かれていて、そして何だかすこし怖かった。


「いやあね、もう、」


 母の双子の姉妹が文句を言いながらロウが落ちたクリームをフォークで皿の端に避けた。少女はめちゃくちゃになって、イチゴがあちこち散乱し、見るも無残になったホールケーキと、自分の皿の上に行儀よく存在しているケーキを見比べた。

 一本につき、一年だ。

 少女の父はそう言ってゆっくりと最初の一本を、ケーキの表面、イチゴを避けて刺した。
 それをなぜか愛しそうに見つめていた父や母や友人。その理由を、少女は知らないが。

 彼女はただ、自分も父らと同じそのケーキが欲しいと、無茶苦茶になる前にと取り置いてもらった自分の皿の上のケーキとの交換を、所望していた。





◆20080704
 もう高槻ママがおばあちゃんとか絶対信じられない…
 亜里須は高槻ママのことは「ミサちゃん」とか呼んでいると思うな!
 大人になって結婚してこどもが出来ても、多分、ずっと少年のように仲良しであればいいですね、みんな。















 コーヒーの匂いがする。ような気がする、と。
 土曜の朝だった。だけれど優はそんなはずは無いとベッドの上で寝返りを打った。薄っぺらい掛け布団を足で跳ね除ける。熱い。もう日が昇っていくつかになるんだろう。閉じたブラインドの隙間から差し込む光は白く、そして眩しい。

 コーヒーの匂いなんかするはずがない。

 優はまた寝返りを打った。優は大都市の中の背の高いビルのある階のある一室にひとりで住んでいた。毎朝受付嬢に見送られて、ビルのフロントを抜けて学校へ登校、ないし任務へと赴くのだ。ヘリを使うとき意外は。
 だからそんな優の部屋で、優ひとりきりしかいないはずの部屋で、本人の自覚無しにコーヒーのにおいがする、すなわちコーヒーが入るはずがない。それは優以外の人間の存在を示している。
 まあ、もう、どうでもいいけどな。
 優は昨日よりもいくらか冴えた瞳を細め、ブラインドの隙間から細く差し込んだ光の数を数えた。それはブラインドの隙間の数だけ存在する。
 それから手を伸ばしヒモを引き、その隙間からの光を亡き者にしようとした。が、引く紐を間違えて、逆に室内には光の量を増す。優は舌打ちして正しくヒモを引き、それら光を抹殺した。室内は再び曇り空のような色に落つる。

 コーヒーの匂いは強くなる。
 優はさっきよりもいくつか目を大きく開けてドアの方を見た。ドアの向こうにはリビングとキッチンとバスルームがある。キッチンだろう、カップを置く音が聞こえ、スリッパが床を歩く音がした。ああ、誰かいるな。
 優はその人物にあらかた目星がついていた。どうせあいつか、姉ちゃんだろう。

 じゃっ、と音がする。
フライパンに…油、卵か何かを落とした音だ。途端に空腹だったのを思い出す。昨日は昼に適当にパンを詰め込んで以来何も口にしていない。コーヒーをひたすら消費したのを思い出した。腹は減ったが、胃が、荒れているかもしれない。

 ドアの接続部が軋む。
 優はゆっくりとドアが開くのを見つめていた。床にスリッパが擦れ、開いたドアからはよく見知った顔が覗いている。


「…オミナエ」

「はよ、ジャン」

「おはよう」


 ジャンは機嫌が良さそうに優の寝転んでいるベッドに近寄っていった。優は寝転んだままジャンを見上げている。そのうちジャンはベッドの脇に腰を下ろした。にこにことしている。


「御神苗、お疲れみてえだな」

「あ、ああ…まあな」

「どーせ論文だのなんだの書いてたんだろ」


 一人であれだけのコーヒーを胃に入れたら、荒れるぜ。
 ジャンはべ、と舌を出して言った。片した覚えがないので、コーヒーメーカーは昨日のままだったのだろう。ジャンは優の頬を指の背で撫でながら短く笑った。


「…んだよ」

「前髪に変な寝癖がついてる」

「しゃーねーだろ…」


 昨日ドライヤー使わずに寝たんだよ。
 ジャンとは打って変わって不機嫌そうに答える。ジャンはまた笑って、それから朝食の用意が出来てるからさっさと起きろと促した。優は鈍く痛む頭をゆっくりと億劫そうに持ち上げた。

 顔を上げると、鼻先にバラが香った。

 差し出された黄色いバラの花束を驚いて見つめる。それから花束の向こう、それを差し出している人物を訝しげに見遣る。
 相手はそのあからさまに怪しげな眼差しのリアクションが不満だったのか、ちっとは嬉しそうにしろ、と文句を言った。


「…なんの冗談?」

「は?」

「…バラん中に何か変なもん入ってるとか?」

「……」


 ジャンは眉間にシワをして、花束を優に押し付け、それからぐいと顔を近づけて、優の頬を舐めた。優はまたぎょっとしてジャン、と咎める。


「問題です」

「今日は何月何日でしょうか」


 ジャンはそれだけ言うと背を向けて部屋から出て行った。
 優は首を傾げ、サイドテーブルのカレンダーに目を遣った。日付を辿っていく。


「あ、」


 部屋の向こうで、「バーカ」、という笑い声がする。
 優はベッドから急いで抜け出して、黄色のバラの花束を引っつかみ、謝罪を述べるべく、朝食のリビングへと裸足のまま向かった。

 テーブルの横には差出人がすべて同じの、山のような色とりどりの箱と袋、オムレツの皿の横には胃薬と頭痛薬と、グラスに入った水。
 ジャンはばちん、と似合わぬウィンクを決め、誕生日おめでとう、と冗談じみて両手を左右に広げて見せた。
 




◆20080705
 御神苗は、毎年のように、自分の誕生日を忘れていそうなイメージがあります…笑
 その分ジャンがものそい記憶してそう…1ヶ月前から色々考え始める…その、何をあげるかとかどう演出するかとかそんなん…きもいジャンがだいすきです



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