よっしゃ、何でも言うてみ。
波戸が両手を腰に当てぴんと背筋を伸ばし胸を張って言ったのを目の前にし、斑鳩悟は酷く困惑しながらええと、と言葉を繋げようと口を開いた。
何でもええ、好きなもん買うたるさかい、言うてみい。
波戸はいかにも楽しそうに快活に笑って言葉の先を急かす。悟はええと、とかああっと、とかをいくつか繰り返してから『ちょっとの間考えさせてください!』と言った。
その顔があまりに必死だったので波戸は、分かった、と言って苦笑した。
何か、何か高いものがいい、と悟は頭の中に描いた。
自分では買えないような、尚且つ高すぎず、それでいてちょっとだけ非現実的なものが望ましい。例えば…例えば、例えば。
しかしこの間悟の頭の中を駆け巡ったものと言えば、一瞬復活した牛丼だったり駅前で見かけたたっぷりの生クリームと果物のロールケーキだったり、はたまたラーメン屋の唐揚げと野菜炒めとラーメンと炒飯と餃子の店内で一番高い定食だったり、背の高い…ミートパティが4枚も挟まったハンバーガーだったり、極め付けはいつか食べたトッピングを乗せられるだけ乗せた蕎麦だったりした。
(…ダメだ…俺って安すぎる…)
せっかくなんでも好きなものをと言われているのに、悟の頭に浮かんだのは高が知れた値段の、それも食べ物ばかりである。高いもの、高いもの。いつもと少し思想をずらして。
例えば流行のゲーム、ブランドの財布、時計、アクセサリー。しかし悟にとってはどれもいまひとつ必要の無いものだった。財布だって時計だってもう持っているし、アクセサリーなんて身につける自分ではない。
「あー…波戸さん…ええっと…」
「お、なんや。やっと思いついたんかいな?」
「や…それがとくに無くて」
「はあ?」
波戸は肩を少しすくめてため息をついた。要領の悪さに、いよいよ呆れてしまう。そしてそれが思わず口をついて出る。
「…要領の悪いやっちゃなホンマに。何か適当に言うたらええのんや」
時計とか財布とか、色々あるやろ。
でも、と首を傾げ「安物だけど、財布も時計も持ってますから」と続ける悟の頭をぽんと叩くと「しゃあないのう、お前は」と笑った。
高いもの、高いもの。DVDレコーダー、バイク、車、船、ヘリ、何か強力な兵器、会社、高層ビル、ダイヤモンド。
欲しいもの、欲しいもの。牛丼、ロールケーキ、睡眠時間、映りの良いテレビ、それからもっと、もっと沢山。
実は『何か欲しいものはないか』と目の前で言われたとき、まず頭に浮かんだのは目の前の人間だった。波戸。そのつぎに百舌鳥、初音、オウル、亜取、父、母、友人その他沢山。頭に響いた波戸の『欲しいもの』、というのに酷く困惑したのは、我ながら不思議で質問とは少し的はずれなようなものばかりが過ったからだ。
(結局、もう、持ってる)
(欲しいものみんな)
(俺が最後に本当に欲しいものは)
(…誰にも、用意できない)
「あ!あ!波戸さん俺!欲しいもの見つけました!」
「おっ、何や言うてみ!」
「えへへ、あのですね、こんな…ビールジョッキに、何種類もアイスとか果物とかが入ってるんです」
「…なんやそれ」
「パフェですよパフェ!」
「はあ…?」
「めちゃめちゃ背が高いんですよそれ。前から食ってみたかったんです、俺」
「ああっ、あとステーキプレートとか…あのですね、ファミレスで一番高いメニューなんですけど」
「だー、もう!安いやっちゃなあ悟は」
「なっ、そんなこと無いですってば。そのパフェ、パフェのくせに2500円もするんですよ」
「…そこが安いっちゅーねんなホンマに…」
それでも波戸は楽しそうに笑って、また悟の頭をぽんぽんと叩いた。そうして今度は悟の背中を少し通りの方へ押し出すと、自分はその方向に向かって歩きだしファミレスはどこや、と言うもので、悟は急いで追いかけ隣に並びあっちですと指をさした。
優しくて強い人たちに囲まれた自分が最後に一番欲しいと思ったもの、その人等を護れる自分自身の強さ。だなんて、間違っても人には言えない、言えない。
悟は「しかし確かに腹減ったな」という波戸の声を聞きながら、口のなかたっぷりのアイスと生クリームの味を浮かべ、目を細めた。
●2007年05月10日
はじめてのドライブ。斑鳩はそううけ。というか、なんと言うか…。
はといかっぽいけど別にそういうつもりでもないです。
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