ぐわん、と、頭が痛んで視界がひっくり返ったと思ったらとんでもないことになっていた。
周囲のことについていけないことは割りと多い。それはぼうっとして鈍くさい自分の性格上の問題と、自分の職業の立場上の問題で、割と目まぐるしく滅茶苦茶なことに巻き込まれているからだ。しかし今度のは違う。割と頭の展開は早く、だがしかし疲労した体は追いつかず、ちょっと待って、と言う暇も無い。しかしちょっと待って!で、ちゃあんと待ってくれる状態かと言えばそうではないだろうし、そういう人間かと言えばきっとそうではない。と、いうことを斑鳩悟は承知していたのだ。
驚いて、驚いたけれども、なぜか割りとすぐに落ち着いてしまったのに驚いた。もっともがくとか、抵抗とかしろよ、俺。悟はどこか遠いところに思考意識の半分を置いてきたような頭で考えた。部屋の天井から自分と、自分の上にのしかかる男を見ている。そんな不思議な映像まで頭に浮かぶくらいだ。頭の中でさえ天井を見つめる自分は間抜けな顔をしてる。
あわわ、こんなことじゃいけない。悟は「それらのことを思考したこと」を「認識」すると急にじたばたした。じたばたしたがさほど焦っているようにも見えない。シーツに押し付けられて身動きとれない両腕をほんの少し動かして、それから膝を曲げ足の裏でシーツを蹴ってみただけだった。どうも意識と体がちぐはぐだ。都合よく見取ればそれは居心地のよい場所に体をずらしたようにも見える。
「……抵抗しねえのか」
「…いちおう、してるつもりなんだけど」
悟はむ、と少し顔をしかめた。男は大層意外そうにその目を覗き込んだ。失礼なやつだ、と悟は思った。それから男は申し訳程度に笑うと悟の首筋に顔をしずめた。その過程で悟の頬に彼の髭や髪が触れた。自分のとは違って、いくつか太くしっとりと黒い、それ。
「ひゃっ、」
「…そんな雰囲気のねえ声をだすな」
「ちょ、ちょっと待ってほんとに、ちょっと、わ、わ」
ぞろ、と、ざらざらとした舌が悟の肌に触れる。背筋がぶるりと震えた。ここまで来て自分は本当にピンチであるということが分かった。このまま事が進めば本当に、本当に困ったことになる。
「う、ちょっと、おい、ほんとにストップ」
「煩せえな、ここまでしたんだ野暮なこというな」
「全然野暮じゃない…ひ、う、わわっ」
訴えは簡単に破棄されてしまった。聞き入れて貰えるとは悟も思ってはいない。このめったに人に触らせることさえしない部分でのおよそ体験したことのない感覚に対する焦りで口から勝手に出てくるのだ。言ったところで聴くはずが無い、抵抗してもこの男はねじ伏せてしまうだろう。悔しいが力は向うの方が数段上のはずだから。
それにしても何てことだ、と悟は心の中でオウマイゴッドないしジーザスとでも言おうか頭を抱えた。首筋と言ってもそれは残忍なほどに広範囲で、髪の毛の生え際やら鎖骨のそばやら兎に角時間が経てば経つほど自分はまざまざと男の舌の感覚を中心とし圧し掛かる体重でさえ感じてしまうのだ。
ついに相手が耳の裏を舐めたとき、悟はその耳にぴちゃ、という水音を聞いた。ぞく、と背筋が震える。
「ちょ…ロコ…、ほんとに、も、たんま、これは…ちょっと、おい、おいってば!」
「おとなしくしてろ」
「…選択権はないのかよ」
「ねえな。ねえ。だからおとなしく」
じっとされてな。喉で笑うので少し頭に来て何とかシーツから両腕を引き剥がそうとした。しかし叶わなかった。男は悟の首から口唇を離しても3センチのままじっと、じっと強い力で固定し続けているのだ。まったく、ろくでもない。
「ロコ、いっこだけ答えてくれ」
「…なんだ」
「お前って男が好きなの?」
「んな訳あるか気色悪ぃ」
「お前は俺を何だと思ってるんだよ」
「さあな」
「訳が分からないよ、それ」
悟は息を吐きながら言った。訳が分からない、男も、状況も、何もかも。おとなしくされるがままになっている自分も。ほら、さっきまで両腕に入れていた力も抜いてしまった。男は悟が白い旗を振ったことに気がついたのか両手を拘束していた手を離した。悟はしかしそのまま腕を動かすこともしなかった。ただ横を向いて右の手首をじっと見た。赤くなっている。そんなに強い力で押さえつけられていたのか。
男は余所見をするな、と低い声で笑うとここで始めて悟の口唇を奪った。悟はもうあまり驚かなかった。そしてゆっくりと瞼を閉じた。くちゅ、と口の中を男の舌が蹂躙してゆく。どきりと心臓が脈打った。びっくりした。こんなもんなのか、こういうキスって。嫌だなあ、こんなの。こんな気持ちいいだなんて知らなかった。
酷く甘ったるいくぐもった声が漏れたが悟は自分自身気がつかなかったことにした。ただ男は気を良くしただろうなと思った。自分の口の中で不自由に男の舌に触った。ダイレクトに響いてくる水音が煽る。じんと舌先から脳みその方へ痺れが伝わった。
ああ、どうにかなりそう。
「まあ強いて言うなら…」
「…何が?」
「斑鳩は斑鳩だろうよ」
「…お前、変なやつだな」
「失礼な」
失礼な方はどっちだ、ばか。悟はあからさまに迷惑そうな顔で上から自分を覗き込む男の目を見つめてやった。男はそんな顔をするなよと悟の前髪を左手でどけて額に口唇を落とした。ゆっくりと目をつぶった。なんて似合わない仕草であろうかと悟は目をつぶったまま思った。それからゆっくりと顔を上げる男の両頬を左右の手で掴んで恨めしそうに睨んだ。男は上機嫌で睨み返してきた。黒々とした瞳が熱に揺れている。
「もう待ったなしだぞ」
「全然待ったしてくれてなかったじゃないか」
「そうだったか?」
もう良いよ、体中くたびれて抵抗する力なんか残ってないよ。お前のせいで。
悟は最後に短くため息をつくと男の背中に両腕を回した。男は最初と同じように意外そうな顔をし、それからすぐ微笑んでまた口唇を重ねた。
まったくどうかしている。しかしそれでも、悟はどうでも良い相手にもうどうにでもなってしまえと体を預けてしまうほど、意思の弱い人間ではないつもりだった。
●2007年06月09日 [BGM : 煩悩 Rolling Stone / 角松敏生]
ロコいか。すっ ごい好き(笑 ←ため過ぎ
本番に発展できないのは、純粋にわたしに度胸が無いからです。誰か続きを書いてくれんだろうか…(遠い目
おいかけっこにつきあわされたいかるがの行く末…的、な…
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