浮き沈みするはだかの胸の真ん中あたりをそっと指でなぞった。欲情したとかいうわけではなく、ちょうど目の前に手触りのよさそうな象牙の球があって、それに手を伸ばす感じ、あれに似ていた。

 不健全ですか、そうですね。御神苗優は誰に問うわけでもなく、決して誰かに問うて答えて欲しかったわけではないので口の中でつぶやいて口の中で答えた。明日は学校がある。単位を取らなきゃ、ああ、面倒だ。いいや、もう。明日は欠席しよう。
 どうせ開放されないに違いない、とひとりごちる。しかしそれを望んでいるのだから救いようがないのだ。自分は浅ましくろくでもない。
 自分は欲求不満ではない。そんなことは反吐が出る。でも相手が言うならそれは構わないし、時と場所さえ適切であればどれだけだって相手をして欲しい。それは相手がジャンだからだ。

(っとにロクでもねえな俺は…)

(でもなんか、映画とか観たいな久しぶりに)

(二人で)

(学校までサボってか)

(狂ってる)


 「ん…」
 「ジャン?」
 「ん、…んー…」
 「ごめん、起こしたか?」
 「…や、別に…」


 そのままゆっくりと胸の中に引き寄せられる。ひんやりとしたジャンの胸が頬に当たる。どうやらジャンはそのまま寝てしまうつもりらしい。優は寝苦しいので出来ればやめて欲しいと思っている。
 しかし、ジャンの低い猫をなでるような声を聴くとそれも我慢してしまおうと思ってしまうほど、自分は単純だった。


 「御神苗、お前、いい匂いがする」
 「ジャン…」
 「んー…?」
 「…ジャン」
 「ん?」
 「明日、映画観に行かねえ?」
 「ん…良いよ」
 「ジャン…」
 「ん」


 たっぷりと口づけを貰ってからしばらくすると、頭の上で寝息がする。胸に耳を当てると単調に心臓の音が響く。ああ、ジャンは今生きているのだと思う。ここで優は明日の映画のことに頭を切り替える。たまにこういうことをきっかけにのめり込んで考え事をすると最終的に疎外感に涙することになることが多いからだ。
 しかし考えると優は明日何を観るかなんか何にも頭に描いていなかったのだ。何が上映されているのかから考えねばならなかった。しかし優はそれすら満足に知らなかった。

 二人で居るから怖いんだよね、こういうの。
 ずっとひとりなら良かったのになあ。ジャンにさえ会わなければ、ひとりの部屋をあんなに寂しく思ったりしなかったのに。例えば指先ひとつの分だけでも相手の体温で温かければ熟睡できるんだ。もしひとりで、ジャンが普通の仕事仲間だったら学校だってもっとちゃんと通えるのに。かわいい女の子引っ掛けてデートしたりして。

(なんでかな)

(なんでこんなことになってんだろうな)

(なんで好きなんかな)

(殺されても良いやとまで思えるくらい)

(そっか、頭、おかしいのな。俺)


 「すき」


 聴こえない事を良いことに、優はこの上なく酷く優しく言った。聞こえていればこの人は図に乗るので困るが、でも少し聞こえていればいいと思った。無論、聞こえていなかったが。



* * * 




 しまった、とジャンは舌を打った。
 時計を見ればそれはもうすぐ正午を指そうとしている。御神苗は学校だ、しまったな、また俺のせいだと叱られる、と優を起こそうか起こすまいかの狭間で揺れる心は随分と浅ましい。
 しかし、そういえば、夢でなければ未だに胸の中で眠る青年は夜中に「映画を観に行かないか」と誘ったのだ。それがジャンの夢でなければ、今日は映画を観にいけるすなわちデートができる。
 ジャンは別に映画が好きなわけではない。嫌いなわけでもない。ただ優のことが大層、それはそれは大事でお気に入りなのである。彼が居るのであればどこだって良いし、何だって良い。いつしかそういう思想の持ち主になった。

 ジャンは自分の胸に触れる手を見、その指先をそっと握った。壊れやすく繊細なガラス細工を扱うような、そんなゆっくりと静かな動きだった。温かくまだやわらかいこの手は、時にうまい飯を作り、人を殺め、誰よりもジャンを癒す。

(こんな指で、トリガーを引くのか)

(こんな顔で寝るくせに、まだ人を殺すのか)

(その優しいこころを痛めて)

 ジャンは思わず目を細め、その指を握る手に少し力を込めた。それから余っているほうの手で黒い髪を梳いてやり、前髪をどけて口付ける。行儀よく閉じられている口唇は少し乾いていたので、舌を押し付けるようにしてなめてやる。


 「ん……」
 「おはよ、御神苗」
 「……う…、」
 「なんだ、まだ寝るのか?」
 「ん……んーん。もう、起きるよ…」
 「ごめんな、もう12時になる」
 「いや、いいよ、別に」


 どうせ休むつもりだったから、と眠い目をこすりそれでもまだジャンの胸に頬を擦り付ける。どうやらまだ寝足り無いらしい。ジャンはそれら一連の仕草があまりに可愛らしかったので、ついついそのまま抱きしめてしまう。


 「映画、行くってさ…」
 「ああ、そうだったな」
 「なに観よう」
 「なんでも良いよ。お前が観たいやつで良い」
 「…おれ、今なにしてるか知んねんだ」
 「…知らないのに映画が観たいのか?」
 「…別に。ジャンとどっかに」


 行きたいだけ。
 と日向でまどろむ猫のように気だるそうなほど甘い声でまた胸に頬を擦り付ける。さきほどまでジャンに握られていた手は腕ごとジャンの腹にまとわりついている。ジャンは思わずため息をついた。


 「御神苗、映画、夕方からのやつかレイトショーにしないか」
 「なんで?」
 「したいから」
 「……今から?」


 少しだけ眉間にしわを寄せながら、しかし腕はジャンの首に回りその紅い舌でジャンの口唇をぺろりと舐めていた。ジャンは一瞬険しいような複雑な顔になり、そのあと遅れを取り返すように性急に口唇を重ね、口の中を蹂躙した。


 「依存症…」
 「あ?何か言ったか?」
 「べつに、何もない」
 「いい子してろ」
 「なあ、ポップコーン買ってくれる?」
 「ああ」
 「アイスも食いたい」
 「買ってやるよ」
 「チケット代も奢ってやるから」


 いいからちょっと静かにしてろ、とジャンはいかにも可笑しそうに笑って首筋に噛み付いた。優は既に熱い息をしながら、もう一度口の中で呟いた。

(ジャン依存症…)

(アホ極まるな)

 それからくすくすと笑って、ジャンに訝しげに見つめられながらも反撃とその口唇に噛み付くようにキスをした。ロクでもないが、結局自分はしあわせだった。















●2007年05月03日 
企画名:そこはかとなくえろいひらがな台詞の寝起きおみ。
結果:満足です(自分が
ひらがな好きーかわいいからー。同じ字でも、『パンツ』と『ぱんつ』ではほら!大違い!!
ひらがなのがかわいいじゃーんってなるでしょ(ならねえか


◆20080704 その平仮名が恥ずかしくて死にそうになったので若干修正したぜよ(笑




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