「こんなところで何やってる?」


 目の前すぐが谷、断崖絶壁から平坦になっているそこにぺたんと膝を抱えて座っている背中に後ろから声をかけると、その背中、御神苗優はゆっくりと振り返り、それからジャンの顔を見、何も言わずにまたもとの方向へ視線を戻した。
 ジャンは優の隣へ歩み寄った。お仕事はおしまい。あとは帰るだけ。用意されたホテルは別室だったが隣り合わせ。ジャンはどうせ優の部屋に入れば自分の部屋には戻らない。


「さっさと帰ろうぜ」

「まだ」

「…何してんだ?」

「…日が全部落ちるの待ってんだよ」

「日? 太陽が沈むのを待ってるってことか?」

「それ以外にねえだろ…」


 優はそれっきり黙ってしまって、谷の下に広がる密林の向こう、もう半分ほど見えなくなってしまった太陽を目を細めながら見ている。ジャンは真意を測りかねてその隣にしゃがんだ。優は特に反応も示さずにじっと前を向いて、かすかに、それこそ凝視していても分かるか分からないかの大きくも微妙な、赤色の動きを追っていた。


「まだ暫くかかるぜ」

「…分かってる」

「ほんとに全部沈むまで待つのか?」

「待つ」

「…どうしてそんなに見たいんだ?」

「わかんねえ…でも見てえんだ」


 不貞腐れているかのようにむっつりとそれだけ言うとまた黙り込んでしまう。ジャンは不思議そうにその横顔を見つめている。幼い、というのであろうか。先ほどの遺跡を目の前にしたときとはまた違う、妙な幼さを湛えている。乾いた風が髪を揺らし、ジャンの視界に自身の長く伸ばした髪が映り込んだ。

 (ははあ、おねむだなこりゃ)

 ジャンはほう、とため息をついて、元来しっとりとした濡羽色の髪──今は若干ほこりっぽくはあるが──を撫でた。優はむずかるように小さく体を揺らした。遠くの大きな赤い円を見つめるその瞳は黒く、表面に写した景色をとろりと溶かしている。
  

「眠いんだろ」

「…眠くねえ」

「さっさと帰って、飯食おう」

「添い寝してやっから」

「要らねーよ、ばーか…」


 ジャンは立ち上がり、今だ地面にひざを抱えて座る優に手を差し出した。起き上がれ、の意だ。優はちろりとその手を一瞥すると、その差し出された手の指4本だけを掴んだ。
 ゆっくりと力を注いで、しかしそのままじっと、真っ赤に顔を照らされながら夕日を見つめていた。ジャンは一心に夕日を見つめる優を見ていた。
 じっと何も言わず、優しく握られた指らもそのままに、じっと、じっと、その力に勝るとも劣らぬ優しい瞳で、見下ろしていた。














●2008年09月06日
 ひー驚くほど前の文章…! もうサイトで出したのかそうでないのかもわかりませんが…
ちょこっと触ってあげてみます。見守るジャン、って、素敵…
 

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