遺跡の破壊はお手のもので、気を使う必要も何もない。ただ中枢を粉みじんにする。そうすればまあ大抵の遺跡は崩れ去るものなのだ。後に残るものは力を失ったそれの残骸と、ホコリと傷だらけのスプリガンと、横槍を入れて巻き込まれた敵のエージェントやら軍人さんたちだ。
処理されていく残骸やらなんやらを横目に瓦礫に腰かけ毛布を体に絡み付け、白み始めた空を見上げてジャンに手渡された紙コップのコーヒーを飲む。
(こちらは今日もいい天気だね)
(日本はどうだろうか)
日本に帰るのはまだ暫く後になりそうだったが思った。崖から上がってきた冷たい風が吹き頬の傷がしくしくと痛んだ。後ろではテントを立ち上げ始め、遺跡の柱だの壁だのを眺めている知り合いの学者達の楽しそうな声がしている。
「おい御神苗」
「んー?」
「昼間歌ってたやつなんだっけ?」
「へ、俺なんか歌ってたっけ?」
座る自分の隣に立っていたジャンは遠くを見るように目を細め、ほら、愛がどうとかいう…と首をかしげた。
「ああ、ベット・ミドラーだろ」
「さあ、知らん。でも愛がなんとか…」
「えっと…、Some say love, …it is a river…」
「それだそれ。…なんだよやめるな。続けろよ」
さほど上手いわけではないし、女性歌手の曲であるので声域的にも歌いにくいがそう言うのでほんの少しだけ、続けてみる。空はさっきよりも白んだ。このままここに居ればきっと美しい一日の最初の太陽に誰よりも早く出会うことが出来るだろう。
「…it’s only seed…」
「続きは?」
「もういいだろ」
歌そんな上手くねーんだよ、とコーヒーに口をつける。まだ温かく、白く湯気が立った。
「しみったれた歌だな」
「だったら歌わすんじゃねー…」
キライじゃねえけど、とジャンは少し笑って首をかしげた。たしかローズって映画のテーマだよ。曲のタイトルも『THE ROSE(ローズ)』。日本でも色んなやつが歌ってる、と優は続けた。
「愛は『飢え』、か。上手いこと言うな」
「愛、ねえ」
「因みに俺の愛はお前だ御神苗」
「…誰も聞いてねえよお前のことなんか…」
優は特に気に留めないといったふうに返事をした。またコーヒーを一口含む。
ジャンはいつものつっかかった優の反応を楽しみにしていたのか少しがっかりしたようだった。
(愛か、愛ねえ。愛、愛、なんだそれ。俺にはよく分からないよ)
(愛は河? 愛は飢え? 刃? 花? そしてあなたはひとつの種、だなんてさ)
(むつかしい、よなあ…)
「俺…早く眠りてえよ。頭がやたらおしゃべりで困る」
「…今何考えてるんだ御神苗」
「愛とはなんであるか」
「…ほんとだな、早く寝たほうがいいぜ」
ジャンはコーヒーを飲み干し、御神苗の隣りに腰を下ろした。
「俺も早く寝てえな」
「起こしてやるからちょっと寝ろよ。毛布もっと借りて来てさ…」
「あと少しだけ、日が昇るのを見てからな」
(ああ、すげえなこれ。まぶしすぎる…)
赤と言うよりも白い太陽が辺り一面を照らし出す。
ジャンがこてんと頭を優の頭にもたれた。まぶしそうに目を細めている。
「愛はお前だよ御神苗」
「…それさっきも聞いた」
「本気だぜ」
「余計にタチ悪いじゃんかよ…」
くすくすと笑いながらもたれて来たジャンの額に小さなキスをひとつ落とす。
ありがと、とは言ってやらないが彼らにはそれで十分なのだ。
(愛は…そうだね)
(愛は毛布、コーヒー、チーズオムレツ、バターのトースト、日の出…)
(愛は…ああ、でもなあ。ジャンは、ジャン、だ)
ゆっくりと目を閉じた。瞼の裏に写った太陽がまぶしいような気がした。
遺跡も、遺跡の作業員も研究員も学者もエージェントも、凛とした冷たい空気の中皆静まり返って、大きな太陽に目を細め優の口笛を聴いた。
それはとても、とても美しい朝だった。
●2007年03月02日 Back Ground Music:ベット・ミドラー「THE ROSE」
映画は観た事ありませんが曲はほんとに名曲ですよ。中島/美嘉女史とか平井/堅氏がカバーされてるそうな。
同じく拍手お礼第一弾小話でした。
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