「なあ、ジャン、」
「なあ、いっしょう俺のそばに居て」
「…お前は俺が居なきゃ100万回は死んでるとか、」
「そういう高慢なことばっか言っててくれればいい」
「どこへも行かないで」
「死ぬまで俺を愛して」
ジャンは目を見開いて、背中にぴったり背中をくっつけて凭れたままアイルトン=セナの1000ピースのジグソーパズルに興じている御神苗優のセリフをもう一度頭に描いた。
夕暮れ。カーテンは半分閉められていて、ばかみたいにピンク色の光が部屋の中いっぱいに広がり、しかし電気は点けておらず陰になった部分は薄暗い。
そんな中で。カフェオレはすっかり冷めていたが、ジャンは怪訝そうな顔をしてその背中を振り返ることなくカフェオレを口に含んではごくんと飲み込んだ。
「…御神苗? なんだって?」
「なんだよ、ちゃんと聞いてろよ。も一回言うからな」
いっしょうそばに居て、
お前は俺が居なきゃ100万回は死んでるとか、
そういう高慢なことばっか言っててくれればいいから、
どこへも行かないで、
死ぬまで俺を愛して。
ジャンはカフェオレをまたごっくんと飲み込んだ。そしてまるで呪文のように言葉を繋ぐ背中を恐る恐る振り返った。何か怖いものを確かめるような、そんな気分だった。ひねった首に遅れて自分の長い髪がさらりとゆっくり翻った。優は振り返ることなく相変わらずセナのジグソーパズルをしている。
「御神苗…」
「ん?」
声をかけると振り返る。右手でピースをつまんで持っている。ジャンは図りかねて、その優の黒い瞳を覗き込んだ。優はなんだよ、と不思議そうにジャンの目を見返した。じっと視線がかち合う。
「…どうしたんだいきなり…」
「んー…ああ、えーと…今思ったから、そのまま言ってみただけ」
「……どういう意味だ?」
「だからそのままだよ。裏はねえ。さっき言ったのはそのまま俺が思ったこと」
「……」
「何ならもっかい言う?」
「…お願いします」
ジャンがもっともらしく背筋を伸ばしてこちらに体ごと向けたので優は可笑しそうに笑って、振り返りジャンの両頬を両手で包んでやはらかく笑ったまま言う。
いっしょうそばに居て、
お前は俺が居なきゃ100万回は死んでるとか、
そういう高慢なことばっか言っててくれればいいから、
どこへも行かないで、
死ぬまで俺を愛してくれ。
ジャンはやはり驚いた顔で優の口唇が奇跡のように動くのを見つめた。
言い終わると優は形容しがたい表情をたたえたジャンをくすくすと笑ってまたもとの格好に戻ってパズルを続け始めた。ひとり置き去りにされたジャンはその自分より一回りほど小さい背中を見つめる。
「御神苗」
「ん?」
「俺も」
「うん?」
「…やっぱりなんでもねえ」
「なんだよ」
「…じゃやっぱ言う」
「んだよそれ」
「…何にもしなくていいから、」
「何もしてくれようとしなくていいから、」
「何があっても見捨てねえで、」
「俺のことをそばに置いて欲しい。」
「俺が死ぬまでずっと、」
「約束する。俺は何が何でも絶対お前のそばに居るから、」
「俺をお前のそばに置いて欲しい」
ジャンはそっと優のわき腹あたりから腕を差し入れその背中を自分の胸と腹にくっつけるようにして後ろから抱きしめながら言った。優は笑って、なんだよ、と言った。ジャンは俺も思ったまま言ったんだ、と笑った。そしてそのままジャンもジグソーパズルに参加した。セナの顔はまだほとんど穴が開いていて、レーススーツの部分しか出来ていなかった。
言っておかなければいつか後悔をするのではないかと、
ふたりはいつでもおそれている。
●2007年08月25日
お前がこいうことを言うときっていうのは、大抵ちょっと眠いときとか、そんなもんだ。
100万回シリーズとか名前つけますか…?(笑
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