切れ切れに夢をみた。内容はほとんど覚えていないが、夢をみた。
 首を回して目をやると、時計の時針は9時を指していた。カーテンからは冴えない日の光が差し込んでいた。なんだ、今日も曇りなのか。昨日もそうだった。薄っぺらい雲が、東京の街を覆っていた。

 7時ごろに一度目が覚めてすこし汗ばんだ体を伸ばそうとすると、そういえば腕やら胸やら腹やら足やらが温かいと、胸のなかで丸くなり寝息を立てている青年を見つけた。肌と肌が触れているところが熱いくらいだ。健やかに俺の右腕に頭を置いて、ぐっすりと寝入っている。
 よく見ると、自分の胸の前で右手を握り締めているその指に、一本。俺の髪が絡んでいる。そっと摘んで引っ張るが、抜けない。きっと握った形にしたときの手のしわの間に挟まっているのだろう。気持ち悪くはないかと思い、握られた指を解いて髪を取ってやった。

 任務を終えてそのまま東京のアーカムビル、御神苗優の部屋へ帰ってきた。もう随分フランスのアパルトマンへは帰っていない。部屋の掃除をしなくてはならない。分かっているもののどうしてもここに来たい。御神苗に会いたかった。
 昨日は外で食事をした。本当は優が作った何かが食べたかったのだが、めんどうだと断られてしまった。いいじゃねえか愛しのダーリンに飯ぐらい作りやがれと言ったら、気色悪いこといってんじゃねえ、と言い返された。その後、テーブルの上の飲みかけのコーヒーを優の教科書の上に誤って溢し、ワザとやったなと決め付けられたのに腹が立ち、喧嘩した。
 結局俺が謝って二人でファミリーレストランへ行った。相応な味しかしなかったが、何だか久しぶりに腹いっぱいに食ったような気がした。優がデザートのアイスクリームを口の端につけたのが可愛かったので舌で拭ってやったら殴られた。会計は、俺が払った。
 帰ってから風呂に入り寝るというので寝室についていくと、お前はソファだろうがと叱られた。そんなこと聞くと思ってんのかあ、とそのままベッドに押し倒し強引に口づけて首筋を吸った後、片手で飛んでくる拳を裁きながら優の着ていたTシャツの裾を前歯で噛んで捲り上げ胸や腹に頬擦りをし、胸の突起を舐めた。そうなればこっちのもんのはずだった。しかしどうにも昨日はやけに強情で、いつもならそこまでやればぐずぐずになるはずなのに嫌だ嫌だとあんまり抵抗するもので、そこまで嫌がるのを無理に体を開こうものならそれはもう完全に強姦であるし。
 はあ、俺は昨日まで密林で一人敵に囲まれて死ぬところだったんだぞ、1回くらいやらせてくれたっていいじゃねえかと言えば、いつもは俺は不死身だとか言ってるくせに調子いい野郎だな、第一獣人は死なねえだろうがと返された。それでもあんまりに悔しかったので、何とかTシャツとズボンとパンツを引き剥がし、はだかの体を抱いて寝た。情けないけどそうする他なかったのだ。
 離せ離せと暫く腕の中で暴れていたが次第におとなしく収まった。

 そして、今に至る。

 7時頃とに目が覚めたときと変わらず、すやすやと眠っている。起きる気配はない。長い睫毛。薄く開いた唇。柔らかい肌。寝癖のついた髪。かわいい。かわいいかわいいかわいい。
 思わず目を細めて額にキスをする。かわいい。起きない。寝首かかれてもしらねーぞ、っと。そっと首に唇を押し付けると、かすかに、んん、と唸った。でも、起きない。
 そっと腕を外し、優の頭をシーツに横たえ掛け布団を肩の上まで上げてやる。ベッドを揺らさないようそっと抜け出した。

 テレビをつけるとワイドショーが映った。冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出すのがどうしても面倒で、しかも冷えたボトルは布団の中でぬくぬくと温かくなった手を冷やしてしまう。キッチンの蛇口を捻りマグカップの六分目くらいまで水を注いで、ソファに腰を降ろし一気に飲み干す。日本の女優のゴシップになんて興味はねえ。
 煙草が吸いたくなったので、テレビをつけたまま窓を薄く開けて一本口に加え、前に優がくれたオイルライターで火をつける。すこし前にうっかり地面に落とし角にキズがいったライターだ。キズを指でなぞってみて舌打ちをする。銘柄をメンソールに変えた。困ったことに手に取ったものがあまりメジャーな銘柄でないのであるところでないと、ない。
 ふう、と細く煙を吐き出すと鼻腔にメンソールが香る。下にジーンズを履いているだけで、上は何も着ていない。窓から入ってきた風が、直接肌に寒かった。
 半分も吸い終わらないうちに、テーブルの上から持ち上げてきた灰皿に押し付け火を消す。寒くなってしまった。もう一度ベッドに戻ろうと思いテレビを消した。

 まだ眠っていた。しかしこちらに背を向けている。しっかりと毛布を体に巻きつけている。ちくしょう、背中とかに触れないじゃないか。 これもあまりベッドを揺らしたりしないようにそっと足を入れ隣に潜り込む。ベッドの中はさっきまで自分が居たのと優の温度で温かい。見慣れた天井をじっと見る。さっき吸ったばかりなのにまた煙草が吸いたくなり、どうしようかと体の向きを変え、上体を起こす。


「どこいってた」

 驚いて見下ろすと毛布を体に巻きつけた優が、身動きひとつ取らずに背を向けたままで言った。

「…煙草」


 もそもそと布団の中で向きを変えこちらを向く。まだ眠そうで、前髪が変な方向を向いている。直してやろうと思い手を伸ばすと、毛布を引き上げて頭まですっぽりと被ってしまった。嫌なやつである。


「やなヤツだなお前」


 苦笑しながら、再度ベッドに体を倒す。優は毛布を少し下げて、目だけ出してこちらを見ている。目やにをとってやろうと思い手を伸ばすと、まるで小心者の小動物のように毛布を被って拒絶する。それを無理に引き下げて、頬に手を当てて親指で目頭を擦ってやる。長い睫毛が指に触れる。温かい頬を撫でる。


「ジャン…痛え」

「我慢しろよ」


 鬱陶しそうにもぞもぞと動く。出来るだけ優しく親指で拭うと、ぱり、と一本、目やにについて睫毛が抜けた。長い。1センチ強くらいだ。眠そうに瞼を閉じるそれがかわいくて瞼にキスをしようとすると、それとは裏腹に素早い動作で毛布を被る。


「なんだよ、キスくらいさせろ」

「……」

「おい、御神苗」

「……」


 無視かよ。一番やり場が無いし、傷つく。ひどいじゃねえか御神苗。
 仕方なく足先から頭の先まですっぽりと毛布に包まった巨大イモムシのような優を、毛布ごと抱きしめる。多分ここら辺が腰だろうと思う場所に手を回し、頭を抱く。毛布越しに体温を感じ、ふんわりとベッドの中に空気の動きができ、優と自分の匂いが混ざっ鼻に届く。ああ、これは良いな、と思う。
 それからか何分か経ったとき、イモムシ状態のまま優が言った。


「お前、死に損ねたんだってな」


 毛布を通して聞こえるので、まだとても眠そうに聞こえた。毛布は息苦しくないのだろうかと思ったが、それはさておき、優の言うことを理解する。…死にかけた?いつ?そんなことあったっけ?

 昨日のこの時間は皆仲良く密林の中である。人も寄り付かないような密林の中で、アーカムの調査チームが新しい遺跡を発見したということで、それの護衛である。いや、性格には、アーカムしか知らないはずなのにどこから情報が流出したのかは分からないが、米軍とトライデントに奇襲をかけられたということで急遽、俺の乗るフランス支部への帰りのヘリが付近を通っていたため、そのまま任務に就かされてしまったのである。酷い話だ。さっきまで別の場所で護衛と発掘にあたっていたというのに。
 上の話によれば20分もすれば増援部隊やら物資やらが到着すると言ったが、物資が不足する中、少なくとも4時間は敵にばかり囲まれ粘ったのである。俺一人で!酷い話である。しばらくすると遅くなったと増援部隊が派遣、到着、米軍とトライデントは散り散りに退却である。
 ああ、思い出した。そういえば背中に手榴弾を浴びたんだっけ。
 振り返ったころには遅かったのだ。退却命令が出たのか、目の前にいた敵がこちらを向きつつじりじりと後退をしていく。

『逃がしゃしねえ…!』

 次の瞬間、危ない、という仲間のエージェントの叫びとともに自分の背中の5メーターほど後ろで熱と閃光が大きな音を立てて弾けた。爆風と熱に煽られ前に吹き飛び、炎に撫でられ熱をもった背中を振り返ると、仲間に打たれた米軍兵士が一人、茂みに倒れていた。やられた、と舌を打った。
 ライカンスロープである俺の傷の回復は急速だ。焼けた背もすぐに再生、治癒する。焼け焦げて使い物にならないジャケットを脱ぎ捨てるとき、背中に布が触れて、思わず唸る。だけども、助け起こされて地面に足をつくとき、既にもう半分以上の火傷は回復していた。後頭部の毛がハゲなくてよかった。御神苗にフラれる、とにやりとすると、救護班に変な目で見られた。
 だからといい、死にかけたというほどの怪我ではない。


「手榴弾でぶっとんだんだろ。山本さんから聞いた」

「ぶっとんだと言えば…ぶっとんだんだろうが…まあ、死ぬようなもんじゃなかった」

「馬ー鹿、ドジ、間抜け、この獣人ゾンビ」

「んだとっ…!」


 毛布を引き剥がしてやろうと手をかけると鬱陶しそうに唸って体をよじる。ぐいぐいと引っ張るとなんと足が出る。しかししめた、毛布がめくれた。端を引っ張って引き剥がすと、急いでまた背を向ける。なんなんだ御神苗!
 ……あんまりじゃないか御神苗。


「何をそんなに拗ねてんだ…?」


 絶えかねて訊いた。昨日からずっとそうだ。機嫌が悪い。機嫌が悪いというよりも、俺を避ける。拒絶する。何か怒っている。でも理由が分からない。一昨日まで任務だった。携帯での連絡も入れてない。そんな余裕なんかなかった。何がいけなかったんだ?そういえば、もう顔をあわせたときから何となく怒っていたような気がする。何を拗ねてるんだ、何が気に入らないんだ?


「なんだ?俺何かしたか?」

 口から出た声は、自分が思った以上に情けない声色だった。さっぱり分からない。そっと背中に触れると、頭を丸めるようにして優は肩を竦める。

「こっち向けよ御神苗、頼むから…」

 肩に手をかけると、むずかる子供のように体を小さく揺らす。ああ頼む、もう分からないんだ俺には。

「頼む御神苗…拒絶するな。もうギブアップだ。なんで機嫌悪いのか俺には全然わからねえよ…」


 手のひらに力を込める。すると体がこちらに向かって動く。やっと、目が合った。
 ほう、とため息をついて体を引き寄せる。黒い髪が触れる肌にくすぐったい。温かい、毛布ごしではない、直接触れる、やはり熱いくらいの皮膚の下。我慢が出来なくなり、キスもしないでぎゅうと腕に力を込める。


「馬鹿やってんじゃねえよ」


 眠そうに聞こえたのは毛布のせいだったらしい。冴えた、いつもの優の声だった。馬鹿?それはいつのことだろう。今のことか、それとももっと前のことだろうか?


「馬鹿って…いつのことだ?」

「手榴弾」

 ああ!それか!

「しょうがねえだろうが。疲れてたんだぜ、それに俺の傷なんざすぐに治っちまうだろ」

「お前なあ、体を過信しすぎなんだよ。…ぼろぼろの背中しやがって…」


 だからセックスを最後まで拒絶したのか、俺の体の負荷を気にして。
 手で触れたときに分かったのだろう。確かに痕が残るときもある。そう、何もかもすべてが元に戻るわけではない。たまに、あまりに深い傷は残ることもある。一昨日やったばかりだから、多少皮膚がおかしい部分があるかもしれない。
 御神苗は以前から俺の体のことをとやかく言う。それは羨みからなんじゃないかと優越があったがどうやらそうではないらしい。ここまで来てとても心配をしてくれていたのだ。いつだったか無痛症の話を言ってたっけ。何があっても体が痛みを感じないから、病気や怪我に気が付かずに手遅れになることだってあると。そうだった。そして彼はとても不器用だったのだ…。


「…どんなもんかと思ったら…馬鹿やろ、元気そうな顔しやがって…。一度言ってやろうと思ってたのに、てめえは俺にそういうこと一言も言やしねえし」

「……悪い…」

「…俺が真面目に話そうとしたら…コーヒーこぼしやがるし」

「いやいや御神苗、それはわざとじゃねえよほんとに」

「…まあ、そんなこたぁどうでも良いんだよ」

 …自分で言ったくせに。

「…勝手に大怪我してんじゃねえよばか」

「ごめんなさい」

「ん」


 腕の中でネコのように丸くなりながら説教をする優はまったく様にならなかったが、ゆるゆると背中に腕が伸びてきて、きゅうと抱き寄せられるのは嬉しかったし文句の言いようもなかった。
 ごめん、ともう一度呟くように言って、後頭部に手をかけ、上を向かせてキスをする。ちゅ、ちゅ、とまるで親鳥が雛鳥に餌を与えるように、ついばむように、与えるように、与えられるように、キスをする。優はもう何の拒絶もしない。ただ瞳がとろりととろけそうに潤んでいる。まだ眠いのだろう。
 ぬくぬくと布団の中には汗ばむくらいの二人分の温度が広がっている。丸くなっていく御神苗は、最後にちゅ、と音を立てて俺の唇にキスをすると、俺の胸に頬をこすりつけて瞼を閉じた。
 しばらくすると寝息がする。背中の火傷痕は大丈夫、決して痛まない。起こさないようにそっと額にキスをしてから、ふと、思った。
 これは、ここに寝ている男の顔は愛されている顔だと思った。たっぷりと、愛を注がれて生きている顔だと思った。俺に、みんなに、愛されている顔だと思った。そして誰よりも愛しい顔だと思った。
 それからひとつ、切れ切れに観た夢の中に御神苗は出てこなかったと思い出した。御神苗の夢は今からみればいいと、もう一度目をつぶった。東京は、今日も曇りだった。

















●2006年12月21日 
最初は書こうとしていたことがちゃあんとあったのにいつのまにか散漫になってしまった…。
御神苗が好きすぎてキモチワルイくらいのジャックモンド氏がだいすきです(笑顔


●2007年02月12日:修正
●2007年03月03日:修正
●2007年07月18日:修正



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