【 1 】




 皐月の初めの深夜。勝手口の方でなにやら複雑な物音がした。
 何かが落ちたような鈍い、そして何かが折れたような、それもかなり大きな音であった。


 「…隼人兄ちゃん…隼人兄ちゃんってば、」
 「…分かった」


 不安の色を湛え部屋へと入ってきたのは、長女のキャロルである。彼女はまだ赤ん坊だった頃、一艘の難破した外国船に乗っていた。異人である。そしてそれ以外のことは全く分からなかったが、懐の大きな新宮家の道場主であった新宮修一郎により引き取られ、この家に養子として入った。直接血の繋がりは無いが、二人の兄にも祖父にも大切にされている。


 「どうせ猫かなんかが屋根から落っこちて、置いてあった柿の木の枝折ったんだろ」
 「猫は普通屋根から落ちたりしないし、猫じゃあんな大きな音たてないよ」
 「ちっ、しゃあねえなあ…」


 そして物音の原因を確かめるべく、くあ、とひとつ欠伸をし、しぶしぶ腰を上げたのが新宮家道場の跡取りであり、長男の隼人である。中々の美男ではあるが、性格はどうにも短期で喧嘩っ早い。しかし愛想が良いので、老若男女問わず常に人が放っておかない。
 体術よりも幼い頃に父に教わった剣術の方を得意としてはいるのだが時代が時代である。侍になるつもりはないので刀を触ることはほとんどしなくなってしまった。それに父である修一郎も六年ほど前に他界し、彼自己流であった剣術を隼人に教えられる者は誰一人としていなかった。


 「おい、さっきの音はなんだ」


 眠い目を擦りながら階段を下りてきたのは、次男のアルである。アルもキャロルと同様に血の繋がりが無い、こちらも異人である。しかしキャロルとは異なり、海上で賊に襲われ危うく江戸の遊郭に売り飛ばされそうになっているところをいずれも修一郎に助けられた。大変に頭脳明晰であるがどうにも人を見下したような口を利くので、万年隼人に頭を打たれている次第である。


 「戸締りはちゃんとしていたんだろうな」
 「うるせえなあ。ガキは寝てろ」
 「ガキとはなんだガキとは!」
 「んもう、どうだっていいから早く確かめてよ。気味が悪くて寝れないよう」


 なにより今は謎の物音である。
きしむ廊下を通り、隼人は草鞋を引っ掛けると、しぶしぶ土間に下り勝手口の方へと向かった。その後ろを、アル、キャロルの順でついていく。キャロルはアルの右手を掴んで離そうとしない。


 「おばけかな…」
 「そんな訳無いだろう、あんなものは話の中だけの存在だ」
 「そうかなあ…」


 どちらかというと泥棒の線が有力だろう、とアルが得意げに言った。そうして何があるか分からないので、丁度立てかけてあった竹箒を持った。無いよりはいくらかましだろう、と言った。


 「ばあか…竹箒が何の役に立つんだよ。それにどうせ猫か野良犬だろ」


 じゃあ空けるぞ、と勝手口の戸の鍵を外し、取っ手に手をかける。家の裏である勝手口には、使わなくなった道具や木箱などが置いてある。そんなところに用がある泥棒はそうは居ない。やはり猫か何かだろう。  それでも少なからず緊張し、勢いよく戸を空ける。するとそこには驚くべきものが倒れていた。


 人であった。


 キャロルが思わず悲鳴を上げた。倒れているというよりは落ちているといった状況である。
 木箱の上の、今度燃やして処分しようとしていた庭の柿の木の太い枝が多量に置いてあるのを、上から落ちてへし折ったという感じである。それが物音の正体だった。家の周りを囲む塀を背にして座るような形でぐったりと頭を下に垂れている。
 生きているのか死んでいるのか分からない。驚き以上に厄介なことになったと、隼人はため息をついた。


 「隼人兄ちゃん…誰なのこの人?」
 「俺が知るかよ…」
 「……おい、隼人! こいつ腹から血を流してるぞ!」
 「何ぃ!?」


 しかも刀まで持ってる!と絶句する。急いで駆け寄ると確かに右の腹部から出血が見受けられる。
 じじいを呼んで来い、とキャロルに告げ取り敢えず家の中に入れようとアルに手伝わせ体を枝の上から退ける。普段から鍛えている隼人にとっても男の体を持ち上げることは辛さを伴う。肩に担ぐのがもっとも楽な方法ではあるが、腹の出血があるために、それも適わない。膝の裏と腰に手を回し、アルに手伝わせて男の片腕を自分の肩に回させ、姫抱っこの状態を取る。すると物音の正体は小さく呻き、かすかに首を持ち上げうっすらと目を開けた。


 「…おい、てめえ何者だ。人ん家の勝手口でブッ倒れやがって」
 「……殺せ…」
 「はあ!?」
 「俺は何も喋らん。さっさと殺せ」


 誰かと勘違いをしているのだろうか。搾り出すようにそう言うと、またはた、と目を閉じてしまった。持ち上げていた首ががくんと後ろに垂れ、首が仰け反って咽喉仏が浮き出る。


 「……死んだかな、こいつ」


 キャロルが医者を呼び、家にあげるほんの一瞬前に、祖父であり現在の道場主である十三が起きてきた。
しかし、抱き上げた男の服装を見るなり間違いであったと訝しげにする医者を帰してしまった。そして完全に医者が屋敷の庭から出て行った後、布団を敷き座敷に上げるようにと指示をした。寝かせるなり服を破り、傷口に湯をかける。横たわった体がぴくりと小さく反応した。キャロルが思わずしかめた顔を背ける。
しかしよく見るとおかしな格好をしている。全身黒ないし紺色で、着物や浴衣とはすこし、作りが違う。野良服に近い。そして腰には短刀。そばに衣服同様紺色の布が落ちていたが、それで顔を隠すのだとアルが言った。


 「なんだよ、お前こいつのこと知ってんのか」

 直接こいつのことは知らん、と言い、二階の自室から持ってきた分厚い本を読み始める。

 「こいつは『忍』、だろう?じーさん」


 キャロルが桶に入れてきた湯で腹部の血を流すと、十三は頷いた。


 「…恐らくは」


 するといきなりこの『忍』が何たるかを説き始めたので、それは明日聞こうと押しとどめ、自室に返した。キャロルにも同様に、あとは何とかするからと言いもう一度眠るように促した。
 十三はその後も傷口を診ていたが、それほど深いものでもないらしかった。多分疲労で倒れたのだろうと付け足した。隼人にも眠るように言ったが、こんなことがあって眠れるかと反論しそのまま座敷に残った。
 男は傷のせいか熱があるらしく、たまに小さく唸って汗を流した。隼人は十三がしたように、額や胸を、濡れた木綿で拭いてやった。
 落ち着いて見てみると、とても整った顔立ちをしている。年は同じか、すこし上くらいに見える。体はよく鍛えられているようだった。腹や胸や腕には、無数の傷跡が見られる。
 十三はひと段落するとふう、とため息をつき、この男のことは口外してはならんと言い部屋を出て行った。

 (任されちまった…)

 隼人は灯り油が勿体無いと思いながら、男の汗を拭ってやった。

















●2007年1月28日 
知識が無いので色々と無茶苦茶ですがスルーです。






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