【 2 】




 うっかり寝てしまったらしい。はっと目を覚ますと外は白み始めていた。布団の上に寝かされた男は、いまだ穏やかな息で眠っている。
 ぐっ、と背伸びをすると、丁度同じくらいのタイミングで男が小さく唸った。驚いて目をやると、薄く開けた瞳と、目が合った。


 「…ここは…?」
 「しがない古武術の道場だ」
 「…そうか……あの後俺は倒れたのか…」
 「勝手口の方でな。まったく、いい迷惑だぜ」
 「……お詫びする…」

 まだどこか上の空で遠いところを見るように男は話している。体を起こそうとしたので制止すると、う、とひとつ腹の傷を抑えて唸った。

 「馬鹿、まだ寝てろ。腹に穴空いてたんだぜ」
 「…かたじけない」


 どこか穏やかで丁寧な口調。一体どこの育ちであろうか。しかし、自分達にはほとんど縁の無い場所の育ちなのだろうと思った。
昨日弟が『忍』だと言っていたことから只者ではない。いくら学の無い自分でも、それがどういうものかくらいは知っている。
 そもそも忍者というものは、大名や領主に仕え諜報や暗殺を仕事としている、個人ないし集団のことである。
 着ているものは忍装束といい、戦闘用に野良着を改造したものであるのだそうだ。領主に仕えて隠密行動を主体とし、武士や足軽といった身分の集団とはまた別の立場にある。忍術のみならず、日常のあらゆるものを武器とすることを得意とし体術にも長けているのだと、朝餉の間に、弟が説いて聞かせた。(無論、隼人に打たれたが)


 「具合はどうじゃね…」

 朝、わざわざキャロルが別に作った粥を盆に載せ、十三の背を追って座敷に入った。先ほどよりも少し顔色がよくなったような気がするのは差し込む太陽の光のせいだけではあるまい。横になったまま微笑んで、小さく頷いた。

 「見ず知らずの某を介抱頂き…本当になんとお詫びしたらよいやら…」

 起き上がろうとしたので十三が止めると、心配無用と言い上体を起こした。はたと目が合った。その瞳はどこまでも真っ黒である。

 「これ隼人、いつまでそこに突っ立っておる。座らんか」

 促されて隣に座る。

 「…医者を、呼んでいただきましたか?」


 意外なことを口走った。十三は口元には笑みを湛えたまま、首を横に振った。するとほう、と肩を撫で下ろしため息をついた。そうして苦笑ってこちらに向き直ると足を布団から抜き出し、胡坐を組んだ。そして両手を握り、指の背を布団の上につけ頭を下げる。

 「昨晩のご無礼をお許しいただきたい」


 面食らって反射的にこちらも急いで頭を下げた。十三が頭を上げるように言うと、さも申し訳なさそうに弱弱しく笑った。
 玄関の方で、キャロルの呼ぶ声がした。道場に通う子供たちが朝稽古に来たらしい。それに答えると、ゆっくり休みなさいと言い残し、十三が部屋から出ていった。


 「それよりお前、普通の口は利けねえのか?」


 二、三回目を瞬かせると、それではこれからは普通に話をさせてもらおう、と首をかしげてわらう。わらった時の顔も、腹から血を流していたときや眠っているときや、堅苦しい言葉で喋るときとひとつも変わらずに大人びている。


 「食えるか?」


 そう言って粥を進めると、すまんな、といって微笑んだ。でもしかし、物腰が穏やかである。
 土鍋から器に分けて箸と一緒に渡すと、いただきます、と目をつぶり胸の前で手を合わせ、湯気を立てるそれにふうと息を吹きかけた。きっと親のしつけのせいなのだろう。こういうところは口調に関係なくするらしい。


 「お前、名前は?」

 美味そうに粥をすする男に問う。

 「人に名前をきくときはまず自分から名乗るもんだろ?」

 男は粥を口に運ぶのをやめないで、目だけをこちらに向けて言う。さっきの堅苦しいのも嫌だが、こちらはこちらでなんだか癇に障る。

 「隼人。隼人でいい」

しぶしぶ答えると、空になった器と箸を布団の上においてこちらを向く。

 「隼人、か。いい名前だな」


 その男は余裕の溢れた笑みを浮かべ、名を名乗った。


「俺のことはリョウとでも呼んでくれ」
















●2007年2月2日 
忍者の説明のところはあながちウソではありません。






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