【 3 】
「おはようさん、隼人。遅いぞ、もう朝稽古始まってる」
これ以上迷惑を掛けるわけにはいかないし、ここに俺が居ることが分かれば危険な目に遭うかもしれんとも言った。しかし怪我人を外に放り出すほど無慈悲ではない。せめて傷が完全に治るまでここに居てはどうかと提案した。
最初は乗り気でなかったが、妹のキャロルが随分と執着し出て行くのを引き止めたため(なぜかアルは酷く機嫌が悪くなった)、しぶしぶそれではあと少し、と居候を決めた。
外では朝稽古に来た子供たちの声が聞こえる。誰かが朝食の準備をしているのであろう。いつもと同じように、匂いが廊下に立ち込めている。ところが、炊事場に立っているのは、たった一人雇った使用人でもなく、キャロルでもなかった。
「…てめーは何をやってんだ、何を」
「何って…味噌汁を作ってる」
見れば分かるだろう、と笑う。
「…毒とか入れてねえだろうな」
「そんな馬鹿な」
快活に笑うと、なべの中に先ほどから刻んでいた葱を入れた。慣れた手つきである。
「料理が出来るのか?」
意外そうに訊くと、掃除も、洗濯も、家事一般すべて一通りは出来ると言った。おたまで小皿に味噌汁を移し、味見をしている。そして少し頷き、新に小皿に移しそれをこちらに差し出す。
「こんなものだろうか?」
どれ、と手渡された小皿を受け取り、一気に口に入れ、飲み込む。
「…かかったな」
「!?」
げほげほとむせて涙目になっているのをさも楽しそうに笑うと、嘘だ、と片目を瞑った。くそ、とんでもねえ野郎だ。先ほど一瞬覗かせた悪人面が正体であろうと、引き止めるべきではなかったのだろうかと後悔した。
今から稽古に出ても遅すぎるので、仕方なくそのまま壁にもたれて様子を見ていた。桶から漬物を取り出し、水で洗って切っていく。キャロルがやるのをたまに見るがあれはまだ危なっかしい。この男にはそういうものは一切無い。
「稽古に行かないのか」
漬物に目を落としたまま言った。隼人は面倒くさそうに、行かねえよ、と返事をした。
「…ここの道場主は…十三さんは良い人だな」
よくやるように微笑んで、切った一枚を口の中へ放り込む。そうしてまた頷く。
「そうかあ?煩せえし、廊下ですれ違うときいきなり仕掛けてくるし」
それを聞いて声を上げて笑う。小皿を出し、先ほど切った漬物を持っていく。よく笑う男だと思った。声を上げて笑うことも多いが、微笑んだり、目を細めたりすることがとても多い。
「頭の良い人だなと思ってさ。倒れた家がここで良かった」
もし他の家だったら、今頃その家の人ごと死んでいるかもしれないしなあなんて悪びれる様子も無く言うもので。なにか頭痛のようなものがして、ため息をついて頭を抱えて顔を洗いに外へ出ようとする。
「どうした、頭が痛いのか」
「…なんでもねー。毒入れんなよ」
まさか、とまた快活に笑って、炊き上がった白飯の釜をしゃもじでかき混ぜている。変な男である。忍で、飯が作れて、洗濯も出来て、なんだかよく分からないがよく笑う。
「ああ、そうだ。十三さんが明日サボったらこってり絞ってやるって息巻いてたぞ」
「げ、本気かよ!」
芋の煮つけを菜箸で掴んで口に入れ、もごもごとしながら。
「うん。昨日の朝、言ってた」
あ、これは。きりり、と胃が痛んだ。
●2007年2月4日
何かワンテンポ遅いような忍者。
胃を抱える隼人。
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