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 夕暮れ過ぎの森は不気味だ。
 ジャンはよくこんなところで生活が出来る!でもそれは仕方のないことだから、口に出せっこなんかないけれど。
 チキンとパンとナッツのクッキーの入ったバスケットを右手に、いつもの小道へ出る。この小道は大層曲がりくねっていて、大回りをするように出来ている。生い茂る草花を二人で踏んづけて作った道だ。それは優以外の人間からジャンの住処を隠すための、迷路。
 寂しいジャンは孤独と仲良しの振りが得意で、ほんとうはとても寂しがり屋で孤独との付き合いが下手くそ。いつだってひとりでオセロをしたりトランプをしてたりするんだ。それが何より孤独を浮き立たせることに気がつかないで。
 薄っぺらい悪魔のような羽で飛びまわる、きぃきぃ煩いこうもりの子供たちが母さんのところへすっかり帰ってしまって、ほうほうと低い声で大きな灰色のフクロウの爺さんが鳴きだす頃。
 やっとおおかみの家の前にたどり着く。


「ジャン?」

「…開いてる」

 その声に安心してそっとドアを開けて目に飛び込んできた部屋の様子に、思わず目を疑った。

「ジャン…?なんだよ、これ…」


 ジャンの家はシンプルだ。ベッド、大きなチェスト、ランプ、テーブルと椅子2脚。しかし今それのほとんどが入り口のドアの横に移動されている。ベッドとテーブルだけが唯一使える状態に。そのただならぬ部屋を、ランプの明かりだけが、ゆらゆらとオレンジ色に揺らしているのだ。


「いや…これは、その。引越しを、しようと思ってさ」

「引越し!?」


 ジャンはばつが悪そうにしながらもこっくりと頷いた。よく見るといつもよりずっと猫背で元気が無い。ぐったりと──そう、草臥れているのだ。


「そんな…なんでいきなり」

「…それは…その。…騒いでるだろ。だからさ、見つかっちまう前にと、思ってよ」


 それからジャンはちょっとだけ肩をすくめて、最近真夜中に複数の人間が自分を探してやってくること、満足にパンすら買えなくなってきたこと、やってもないことをやったと騒がれるのが気に食わないということ、色んなことを話した。


「…元から食いもんとかのこと考えて住んだ土地だ。
 やっぱり人里からかなり離れたほうが良いらしい」

「でも…それじゃあ…出てくのか? ここから?」

「…まあ、おのずとそういうことになる」


 ジャンは寂しそうに微笑んで棒立ちになったままの優を部屋に迎え入れた。持ってきたバスケットの中身は、入り口近くの話しの間にほとんど冷えてしまっていた。優はどうしたら良いのか、何を言ったらいいのか分からず、

 町のやつらだって話せば分かってくれるさ、とか、
 ここを見つけることなんて出来やしないさ、だなあんてそれは、とびっきり無責任で、
 行かないで欲しい、だなんて自分のことばっかりで、
 優の言葉は、まるで次から次にさらわれる波打ち際の貝殻のように、行方不明になる。

 テーブルに向かい合って座るジャンが静かに寂しそうに語る見栄となんてことの無い窮屈で孤独な一日の出来事を、テーブルの上の砂糖のたっぷりと入った温かい牛乳を飲むこともしないで、ただじっと下を向いたまま聞いていた。












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